画家として生きる決意

僕は画家として生きると決めた。

画家として生きると決めるまでの過程の話を少しばかりできればなと思う。

 

1995年。地下鉄サリン事件や、阪神淡路大震災が起きた年。そんな年に僕は小さな病院で生まれた。

当時から身長が低かった僕だが、小さいころはわんぱく坊主で、みんなでよく遊んでいた。

そんな僕の楽しみの一つだったのが、兄弟での模写対決。

当時の落書きは残っていなかったが、トレーシングペーパーでよく真似事をしたり、兄弟で模写対決などをして遊んだりしていた。

小さいころから、どちらかと言えば絵というものに興味はあった。

絵をほめてくれるのがうれしかった。もっともっと描いて喜ぶ顔が見たかった。

小学校から「美術」という言葉を聞くと、目を光らせていたのを今になって思い出している。

絵を描いている時間は、ほんとに過ぎるのが早かった。

中学になってからも、隙あらば授業中に落書き。

それは高校になってからも変わらず、、、
将来は絵の仕事をするんだろうなと自然と思うようにもなっていた時期。

しかし、僕には欠点があった。

 

「絵が上手くない」

 

小さいころから落書きばかりしていたにもかかわらず、絵が全然うまくなかった。

そのころには絵をほめてくれていた人からも、全然ほめてもらえず、いつからか絵を見せるのが怖くなった自分がいた。

それでも描いているときは相変わらず楽しかった。

そして、進路を決断する時。

僕は両親に、絵の専門学校に通いたいと言った。

しかし、猛反対された。当たり前だ。僕の絵を間近で見てきたのは他でもない親であり、「絵で生きていくというのは、才能がある中でさらにまたほんの一握りなんだ。お前よりうまい人なんか一杯いる中で俺にはどうしても、絵で飯を食っていけるとは思えない。応援できない。」

こんなことを言われた。

当時の僕は言い返すことはできなかった。

自分が一番よくわかってる。うまくないことも、才能がないことも。

それでも、本当に絵を描いているときは楽しかったから。

結局僕は、家族が料理寄りの家系ということもあって、調理師学校に通うことになった。

別に料理が好きではなかった。しかし、安定した将来のため、話し合った結果、需要が高い調理師という職業になると決めた。

そして、調理師学校に通い始めて3か月ばかり経ったころだろうか。

案の定、座学の時間に先生の話も聞かずに落書きばかりしていた僕はふと思った。

「俺何してるんだ??」

我に返り、やっぱり本当にやりたかったことは絵なんだと実感したと同時に、

絵の学校に通いなおしたいというのはなかなかに勇気のいる発言だった。

悩み続けた僕は、また説教されるんだろうなと思いつつ、TWICE信者の兄に相談した。

 

そしたら言ってくれた。

「人生一回しかないんだから、やりたいことやっとけよ」

この一言が僕の背中を空にまで押し上げてくれた。

この時僕はしっかり思った。

「将来は絵で食べていく!」

 

———–ここが決意した瞬間———–

———–気になる人は続きを———–

 

そして僕は親に打ち明けた。もちろん反発された。呆れられた。

しかしそれでも意志を突き続けた。

そしたらどうやら親にも伝わったようだ。

とりあえず調理師学校を卒業して、調理師免許を取ること。そして、絵の専門の学費は自分で貯めることを条件に進学を許してくれた。

親に150万近い学費を払わせてしまったこと。それを考えれば次の専門の学費を自分で貯めるというのは至極真っ当な話で、何の苦でもなかった。

逆に、これ以上親に迷惑はかけられなかったのだから。

僕は調理師学校を卒業し、調理師免許も取り、学費をためるため1年間フリータをした。

そしてついに、専門学校に入ることができた。

専門学校では様々な出会いがあり、楽しくも大変な学校生活を送ることができた。

特に1年生の時の学祭では校内展示作品が、当時ゲストとしていらしてた出水ポスカ先生(少年ジャンプ連載約束のネバーランド作画)の目に留まっていただき、約100人ほどの前で講評もして頂いた。

作品はあえて載せないが笑

そんな素敵な思い出も作ることができたが、僕よりも絵が上手い人はまだまだ全然いるわけで、僕は全生徒の中でいうと平均より下だった。

スマホゲームの台頭で、イラストに求められる技術が年々上がる中、僕の技術では就職することもできないわけで、ゲーム会社、イラスト会社含め50社近く受けたが、全て落ちた。

だが不思議と焦らなかった。

今の自分に「イラストを描く」のが無理なのであれば、「イラストに携わろう」と思った。

こっちが発注者側に回ろうと思った。

そして、現在アプリゲームの企画職を経験した自分がここにいる。

発注者に回ることで、案の定こういう人に発注が来ないんだな、この人には発注するのはやめておこうなどというのをわかるようになった。

ちなみに、イラストを描いているみんなも分かっていると思うが、納期に遅れることだけは絶対にやらない方がいい。

最悪の場合、そのイラストを使用するイベントが一本つぶれることになるからだ。本当に発注されなくなる。

企画の人たちは、そんな人に情けはかけない。切られてもいい覚悟なら自分のペースで進めてどうぞ。

まあ、こんな感じでゲームアプリ企画職ならではの裏話も、またいつか記事などにできたらいいなと思うので見てほしい。

 

そして最後に。

 

将来絵描きになりたいけど、自信がない人へ。

周りの人をしっかり頼ること。

これはとても大事だ。誰にも相談できないというのは、自己破滅への道をたどるしかない。

僕も勇気を振り絞って相談して、今の道が開けている。

一緒に一流のクリエイターを目指そう。諦めなければ掴めるはずだから。